ふるさと内尾の忘備録
 
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■ジビエの話 その

 昔の山間部の男の人は、東北のマタギのように集団猟をしていた人もたくさんいて、喜兵衛家も例外なく熊捕りに参加していたそうです。
ちなみに喜兵衛じいちゃんの場合、あんまり成績は良くなくて内尾谷で初めて獲物を獲ったとき、嬉しさのあまり銃を放置してそのまま忘れ、獲物だけを持ち帰ったという話を当時を知る人から聞きました。
熊捕りは、見張る係、追い込む係、鉄砲で仕留める係のそれぞれのパートが決まっているチームになっています。
たとえば鉄砲係のTさんは昔から耳が遠かったので、ギリギリまで熊の接近に気付かない故に至近距離から確実に一発で仕留めたのだとか、
たとえば、Jのおやじは、古くなったトタン屋根を小さく切って弾の代わりに使い、どこへ飛んでいくかわからん恐ろしいもんじゃった・・とか、
追い込みの誰それはショマタレ(どんくさい人)だから、いつも下手を打っただとか、今でもへんてこ武勇伝は語り継がれています。
当時それは深刻な事態が生じたケースもあったのかもしれませんが、
昔話として語り部から聞くそれらの実話は、私にとっては抱腹絶倒のおかしな話。
だって当人やその子孫をよく知っているから、憎めない内尾の人々という感じでしかありません。

苦しんで絶命した肉は、体温が上がり、体中にストレス物質が回るので美味しくないので、いかに的確に急所を狙えるかは重要なことで
また魚と一緒で、すぐに適切な血抜き処理をしないと、これが不味いのだそうです。
 獲物は熊のほか、ヤマドリ、ウサギ、ツグミなどの野鳥類、その他ちょっとここで言えないようなもの。(最近もらえるイノシシは近年南方より
北上してきたもので、
昭和の時代は内尾にはいなかったそうです)
それを皆で捕りに行き、分け合っていた話を機会があれば聞くのですが、道具も装備も不充分だったはずなのに今では考えられないほどの距離を歩いて移動して猟をしていた様子。重い獲物を背負って山道を持ち帰った当時最年少の若者も
今では年金で生活するお年頃になっています。
 現代タブーの天然記念物のニホンカモシカもずっと昔は食べられていたので、内尾のキャンプ場の奥にあるコンソリ谷には「ナベカケ」と呼ばれる場所があり
そこに行くと必ずといっていいほどカモシカが居て仕留められるので、
「鍋を火にかけて待っておれ」という意味からその名がついたとのこと。
食した人の話では「寒の時期の刺身は最高」で「煮込みはとん足やテールスープみたいでウマいんやぞ」と言うんですが、もしこの先、カモシカ猟が合法になったとしても私は牛肉のテールスープで充分です。
ナベカケがどの辺りなのか特定できませんけど、コンソリ谷に山菜採りに行くと3回に2回は遭遇しますので、確かにたくさんいるのは事実です。
 内尾の奥に「奥池」という在所の出村があり(雪のない季節に出作りしていた)そちらの在所の人は猿狩りの話もしていました。頭の黒焼きは薬になるので高値で売れたとか。
満漢全席の噂は聞いたことがあるけれど、いずれにしても平成の日本では考えただけでも怖い話ですね。レクター博士のこと思い出しちゃいます。

 クマは毛皮や、肉も内臓も脂もそれぞれ余すことなく利用して
クマ鍋にはもたせ(きのこ)とか、アザミ(山菜)を入れるのが内尾流。
脂は火傷、日焼け、皮膚疾患に劇的に効果のある塗り薬。(これは素晴らしく効きますわよ)
胆嚢はご存じのとおり。血や骨やオスの急所も薬。
毛皮の毛だって、フライの毛バリに使う人がいます。
解体をして肉をさばく専用の刃物やまな板は今も家のどこかに眠っています。
でも昔のそれは趣味におけるハンティングではなく、現代の有害駆除とも違い
どれも生きていく上の、食材および日銭の確保であったことに違いないでしょう。
実際、鶴来にある某商店、現代でいうブローカーのような万問屋のような商売をしているある店に、熊肉や毛皮や、マムシや野草といった漢方薬の類、乾燥ぜんまいなど持ち込んで換金していたと聞きます。
隠れ里とも言われる山奥の村人は、今でいう情報弱者ですから当然のことながら世間知らずで
生きていくのに精いっぱいだったから背に腹はかえられず、
百戦錬磨の鶴来の商売人に難癖をつけられてはずいぶん安く買い叩かれて、
結局みんなそれほどいい思いもしなかったそうです。
それともうひとつ、野生動物の類のものは東洋医学でも健康長寿・滋養強壮に効果があると言われていた為、現代における高級なサプリメントみたいな役割でもあったのかなと思います。
山の年配の人達は今でも「体にいい」というキーワードにものすごく弱いですからね。僻村に西洋医学が浸透していなかった時代でしたから、人々の健康への切なる願いは相当なものであったと察します。
現代のは、深山の温泉で出てくる珍味といった位置づけで
喜兵衛の場合は又従兄のTくんが有害駆除と狩猟期間中に主にクマ肉やシシ肉をとってきて
枝肉よりももっと扱いやすい、すぐに使える状態にしてきてくれて
お客様のリクエストがあった時に楽〜に料理できてます。
これはもうマタギ料理とは全くの別物です。